記憶と面影と

 
 
 
「ねぇ、イザーク。覚えてる?」
「なんだ」
「ザフトにいた頃……今日はニコルの命日ね」
「……そうだな」
「あの時のイザークの優しさ、本当に嬉しかったのよ」
「俺は……」
「あら、すり替えたって言いたいの?……そうかもしれないわね。でも、私はニコルを忘れてないわ。貴方もよね?」
「……あぁ、そうだな。……忘れたりなんか、しないな」
 
 
 
 2年前
 
「ニコル〜!」
 
 の大きな声にニコルが振り向く。その顔には笑みが浮かんでいた。
 彼らが付き合い始めたのは、数ヶ月前から。
 ザフト軍の整備士だった彼女がずっと彼を想っていたのは分かっていたが、まさか両想いだとは誰も気づいていなかった。
 イザークもその一人だった。
 初めて会った時の彼女の柔らかい優しい笑顔に惹かれてしまい、ひそかに彼女に思いを寄せていた。
 は大人しい性格で、どちらかというと引っ込み思案なタイプだったがこの軍に入ってからは、笑顔の絶えない可愛いマスコット的存在として、皆から愛されていた。
 しかし、彼女の心を掴んだのは、ニコルだった。
 ふとした時に彼女たちの交際宣言を聞き、彼女に好意を寄せていた兵士達は思いを伝える間もなく玉砕してしまったのだ。
 それからは、と二コルは軍公認のカップルとなった。
 
「ね、昼まだだよね?一緒に食べない?」
「ええ。イザークもご一緒にどうですか?」
 
 気をつかってか、ニコルが尋ねた。もうなずき、一緒に食べようと促した。どうやら彼女はニコルの意図は分かっていないらしい。しかし、彼は首を横に振った。
 
「悪いが、俺はそこまで野暮ではない」
「えぇ?ダメなんですか?じゃあ、しょうがないですね」
 
 しゅんとしてしまった彼女だったが、あの柔らかい笑顔でイザークを見つめてきた。なんといっても惚れた相手に微笑まれたのだから、いくら彼でも頬が熱くなるのを抑えられなかった。頬を隠しながらも、彼は早く行けと手だけで示した。
 手を繋いだり、キスしたり。二人は普通の恋人生活を満喫していた。
 イザークは歯がゆくもあった。常に胃の辺りにわだかまりは残していたもののそれがの願いならと、常に彼らに違和感を感じさせる事なく過ごしてきた。そしてこれからもそうしていく……はずだった。
 あの忌まわしき戦いが無ければ。
 
 
 
「ニコルが……戦死した」
 
 その言葉を聴いたとき、俺は真っ先にに目をやった。信じられなかった。あいつが死ぬなんて。
 でも、理由を聞いたとき納得した。……あいつはアスランをかばった。ただ、それだけだった。
 
「どうしてっ!どうしてニコルがっ……!貴方のせいで、貴方のせいで……」
 
 涙を流しながら、アスランに食ってかかるあいつを、俺は止めた。
 胸に抱えるように抱いて、背中を叩いた。しばらくはまだしゃくりあげていたが、俺の腕の中で落着いた様に見えた。
 
「泣け……あいつの為にも。泣き止んだら……俺がいてやる」
 
 ……卑怯だと思った。
 の二コルへの思いを俺は利用しているだけだ、そう感じていた。
 でも、思いは本当だった。ニコルはもう二度との前には現れない。それが現実だ。
 だから、残された俺らに出来る事は……前を向いて生きる事だけ。
 この戦いの前、あいつは俺に言った。
 
「もし……もしボクが死んだとしたら……を頼みますよ?イザーク。……イザークしかいないんですから」
 
 今おもえば、あいつは死期を悟っていたのかもしれない。……今となっては知る由もないが。
 だが、それならば、ニコルの思いを汲み取って今度は俺が側にいてやろうと純粋にそう思った。
 葬儀の時、俺はニコルにそう誓った。もう二度と、に悲しい思いはさせないと。
 
 
 
 それから。すっかり沈んで感情を表さなくなってしまったあいつの側に、常に俺はいた。最初は、ニコルと呼ばれたりもした。は寝言で、何度もあいつの名前を呼んだ。何が起きても、彼女はうわごとの様にニコルの名を繰り返し呼んでいた。
 
……俺が側にいるから」
 
 この言葉を、俺は何回も口にした。その度に、彼女が幸せそうな顔をするから、堪らなかった……それが誰に向けての笑みかを知っていたから。
 俺が出撃の時は、彼女が整備士となっていた。は仕事だけは、真面目にやった。ヒステリーも起こさず、いつもと変わらない様子で俺に指示を出した。
 俺はの側にずっといてやる、だから死ねない。その思いだけで俺は戦いに行った。
 
 
 
 そしてニコルの死から三ヶ月ほど経ったある日……
 
「ごめん、イザーク。……有難う」
 
 ようやくが寝静まった為、俺は静かに部屋を出て行こうとしていた。すると、は俺の事を呼び止めた。
 
「……え?」
「イザーク。大丈夫……もう……平気よ。ニコルの事は忘れないけど……でも、もう前に進まなくちゃね。私……貴方にばかり頼っていられないもの」
……!!」
 
 闇の中、彼女が笑った。壊れそうな笑顔を、俺は優しく抱きしめた。
 それから更に数ヶ月後。
 は感情を取り戻しつつある。そんな彼女は、徐々に俺に笑顔を見せられる様になってきた。「全部イザークのおかげなんです」そうは言う。彼女の口癖と化しているが、それを聞くたび心が痛んだ。
 ニコルのためとはいっても、俺はあいつを利用しているだけだ……!!
 何度も葛藤した。……だけど、を見放せない。やっぱり俺はを、好きでいるからなんだと思う。そんな気分のまま、月日は流れていった。
 ……想いも告げられないまま。
 
 
 
 1回忌、儀式が終わった後が唐突に俺に話しかけてきた。彼女は今や、完全に回復したといってもよいぐらいになっていた。俺たちの関係は恋人の一歩手前で、お互いに足踏みしている状態だった。俺はあれから何度も打ち明けようとしてきたのだが、何回も邪魔が入った……クルーゼ隊長やらディアッカやらに。
 
「ニコルがいなくなってから……もう1年になっちゃったね。私ね、最初、デマだと思った。だから、何度も彼の姿を探して彼の名を呼んだの。でもね、ある時イザークの声が聞こえた。……だから私は立ち直れた」
……?」
 
 俺には彼女の言いたい事が分かった。口を開こうとしたが、はそれを、首を振って止めた。
 
「私はニコルを忘れない。だけど……私には貴方が必要なの。御願い、側にいて欲しいの。……ずるいと思われてもしょうがないと思う。でも……」
「……参ったな。……いつ言おうか迷ってたんだ。お前はずるくなんかない、ずるいのは俺だ。でも、俺もニコルを忘れたりしないし、お前の側を離れたりしない」
 
 まくし立てる様に言った俺は、緩む頬と不意を突かれて少し潤んだ瞳を見られたくなくてを抱きしめた。
 ――ニコル、これで良かったんだよな?俺たちはお前を忘れたりしないから……お前の分まで生きるから……
 
 
 
「……いまさらそんな所まで覚えてるなよ」
「あら、良いじゃない。婚約者の特権よ」
「はいはい。っつーか、挙式は明日だろ?ちゃんとニコルの命日と合わせたんだから、寝坊したりすんなよ」
「しないわよ。むしろ楽しみすぎて、眠れないんだから。じゃ、お休みイザーク」
「あぁ、お休み……。良い夢見ろよ。それから……」
「「お休み、ニコル」」
 
 
 
END
 
 
 
作者後書
やっちゃったよ〜、やっちゃいましたよ〜!
イザーク……夢!ドリーム!そして初!!!
ここまできてくださったという事は!隠しページを見つけられたということで。
おめでとうございます!
が、お出迎えがこんなので誠に申し訳なく思います。
こんなのしかここにはありませんからね?それをご承知の上。
後、内輪ノーサンキューです。
オンラインの方々、ぜひぜひ感想を掲示板にお願いします。
では、この辺で……海菜でした(一礼)