先輩・後輩

 
 
 
「以上、訓練終わり!これより一時まで昼休みとする」
 訓練長の一声で、固まっていた軍服たちが流れるように出口に向かう。
 その中で、佇みそこを動かない少女がいた。
 彼女は口を真一文に結び、じっと射撃訓練用の的を見つめている。

「……なによ」

 もうほとんど誰もいなくなった訓練場に彼女の吐き捨てた声が響く。
 どうやら入団試験で銃の持ち方やら基礎を指摘されたのがどうも気になっているらしい。
 体術やMS戦ではそれなりの成績だが、銃の初心者であるが一般兵同様に訓練を受けることは当然、その実力の露呈を意味した。
 そして前線に出ようとする軍人の実力の無さは、即ち命の危うさにつながる。
 彼女に集まる侮蔑と呆れを含んだ周囲の視線を思い出す。
 はゆっくりと定位置に歩み寄ると、先ほど訓練官に言われた通りに銃を構えた。
 そしてゆっくり引き金を引き……
 
パァン
 
 的の端をかすった弾が音を立てた。
(面白くないわ)
 そして、また彼女は懲りずに的を人型へと変更して銃を構える。
 すると、突如入り口のほうから怒鳴った様な声が聞こえた。
 
「おい、貴様!そんなんで銃が撃てるか!」
 
 男にしては高い声だ。
 と思いながらゆっくりと上体を向けると、の前に銀髪の少年が一人現れた。
 脳がフル回転して、彼の名前をはじき出す。
 確か彼女と同じ配属になったはずである。
 
「あ、イザークだっけ?あなた」
 
 残念ながらファミリーネームの方は忘れた。
 
「貴様、真面目にやれ!その持ち方はなんだ!」
「なんだ……って」
 
 彼女の問いかけには耳も貸さず、彼は怒髪天をついたかのように彼女から銃を奪う。
 そのがさつな行動にもこめかみをひくつかせた。
 
「人が訓練してるのに、何?!」
「うるさいっ、黙って見ていろ」
「自分で取ってきなさいよ!」
 
 大人しくしているつもりのだったが、イザークから銃を奪い返そうと思わず腕に掴み掛かる。
 
 
 
「はあ……」
 
 それを入り口の影から見ていたアスランは密かにため息をついた。
 彼女の銃の使い方があまりにもなっていなかったため、隊長としてイザークに指導を頼んだのはいいが、心配して見に来れば、まさかこの様な言い合いになるとは彼も予想していなかった。
 ラクスに新しいハロを上げると約束した休暇も近いというのに……。
 痛む頭を抑えながら、彼は小さく壁に背中を預けた。
 
 
「大体なんだその構えは、自分まで仰け反ってどうする!」
「ちょっと油断しただけよ!……変な覗きがいるからっ」
「する貴様が悪い」
 
 言いながらびしっと彼女を指差して指摘するイザークに、はひじで追いやる仕草をした。
 その際、あっち行ってよ、という言葉が飛び出そうになったのは一応飲み込んでおいた。
 
「ふん……」
 
 彼は元から鋭い目つきを半眼にして構っていられるかとでも言うように溜息をつく。
 
「静かにしてくれます?」
「……」
 
 イザークは的に当てようと見よう見まねで構える彼女を、さっきよりはましになったと思いながら、ブーツを高鳴らせながらゲートの方へ向かう。
(見てなさいよ)
 は、帰るつもりだろう彼の気配を意識しつつ、背後に来るのを待ち構えた。
 弾が当たれば、そこからが一番良く見えるだろうという彼女の見解の上である。
 
パアァンッ
 
 人型の的の、頭のこめかみ辺りに弾が当たった。
 命中して初めてその容に決まり悪さを覚えただったが、巧くいったようだと判断した。
 
「……どうよ」
 
 ゲート手前で腕を組んで立ち止まったイザークに、声をかけてみる。
 何も言わないのは、彼女の感覚が正しかった証拠だろうか。
 
「右肩が上がるのが悪い癖だ」
「――ん?そういえば」
 
 少し力が入っていたかもしれない。
 にいつか東洋の武術を習ったことを思い出させる手つきで、イザークはぐいっと彼女の肩を引いて姿勢を正した。
 
「いったいわね」
「お前……」
 
 男にしても彼の力が強いと感じるのは軍人だからか、それとも他の理由からだろうか……。
 
「顔が赤いぞ」
「うるさいわよ」
 
 イザークが彼女の顔を覗き込むと、銀髪の冷たい感触がの頬をくすぐった。
 こうして近くで見ると、はっとするほど綺麗な髪をしている。
 整った顔立ちも、多くの女性隊員が騒ぐのが頷ける……。
 
「あと腹に力を入れろ、フラフラするな!」
「わ、分かったから」
 
 離れてください、と言うとイザークは彼女の背中をぽんと叩いた。
 が振り向くと、ドアを既に開けたイザークがこちらを見ていて、何かをに促している。
(私が忘れている事……?)
 
「ありがとうございました、休み時間につきあって戴いて」
 
 いい後輩に挨拶は不可欠だというのを失念していたのだ、変な間をつくってしまった。
 それに気づいて咄嗟に笑顔をつくる。
 
「礼ならアスランに言うんだな」
「上達したのは先輩のおかげですから」
 
アスランというのは、あのエースパイロットの神経質そうな人かと聞くと、イザークは顔を顰めながらそうだ、といって腕を組んだ。
 
「あの、帰るんじゃないんですか?」
「そうだ」
「次の訓練まで、私もう少しここにいますから……」
 
 すると、イザ―クが返事の代わりに示すのでかべをみる。
 時、
 
「十二時四十七分……」
 
 と、いうことは?
 引き算してみると、昼休みの残りが十三分だということになる。
 廊下には既に屯していた兵士の会話が盛り上がっている頃のようだ。
 
「ちゃんと五分前にいきます!なんですか勿体ぶって」
「次はなんだか分かってるか」
「ナイフ戦でしょう?」
「さあな」
 
 楽しげに含み笑いをしながら歩き出すイザーク。
 彼はドアの外に仲の良い友人を見つけたらしく、そちらとアイコンタクトを取っている。
 そして、開けたままだったドアをくぐって言った。
 
「腹減った、とかいっても知らんからな」
「はっ!」
 
 急いで銃をもどすだったが、これから食堂に行く時間はない。
 
(さっきより余計、ムカついてきたわ……)
 
 彼女はこぶしを握り締めて、イザークのあとを追うのだった。
 
 
 
END